大判例

20世紀の現憲法下の裁判例を掲載しています。

八女簡易裁判所 平成11年(ハ)131号 判決

原告

株式会社ジャックス

右代表者代表取締役

小島賢蔵

右訴訟代理人支配人

阿部和夫

右訴訟代理人弁護士

安部光壱

右訴訟復代理人弁護士

篠木潔

被告

甲野太郎

右訴訟代理人弁護士

樋口明男

主文

原告の請求を棄却する。

訴訟費用は、原告の負担とする。

事実及び理由

第一  請求

被告は、原告に対し、金六七万五三一七円及びこれに対する平成一〇年一二月九日から支払済みまで年六分の割合による金員を支払え。

第二  事案の概要

一  争いのない事実等

本件は、原告と被告の妻の締結した後記立替払契約(以下「本件契約」という。)に基づき、妻が訴外株式会社ジャストミート(以下「販売店」という。)との間に締結した売買契約が、民法七六一条の日常家事に関する法律行為に該当するとして、原告が被告に対して、本件契約に基づく立替金の請求をしている事件である。次の事実について、当事者間に争いはない。

1  原告は、割賦販売あっせんを目的とする会社である。

2  被告の妻である訴外甲野春子(以下「春子」という。)は、平成一〇年五月三一日、原告との間で、春子名義をもって、次のとおり本件契約を締結した。

(一) 春子は、原告に対し、子供のための学習用教材(以下「本件教材」という。)の購入代金を販売店へ一括立替払いすることを委託する。

(二) 春子は、原告に対し、立替金五二万六〇〇〇円に手数料一九万八八二八円を加算した合計額七二万四八二八円を平成一〇年七月から平成一五年六月まで六〇回に分割して、毎月二七日限り一万二〇〇〇円を支払う(ただし、初回は一万六八二八円)。

(三) 春子が、最終約定日を経過しても右分割金の支払いをしなかった場合、又は、原告から二〇日以上の期間を定めた書面により支払いを催告されたにもかかわらず、その期間内に履行しなかった場合、春子は、期限の利益を失う。

(四) 遅延損害金は、年六分とする。

3  原告は、平成一〇年六月四日、販売店に対し、前記代金を立替払いした。

4  春子は、四万九五一一円を支払った。

二  争点

本件教材の売買契約ないし本件契約は、日常家事に関する法律行為に該当するか。

第三  争点に対する判断

一  証拠(乙一、五ないし一五、証人甲野春子、被告)及び弁論の全趣旨によれば、次の事実が認められ、右認定を覆すに足りる証拠はない。

1  被告(昭和二四年八月二五日生)と春子(昭和二八年四月五日生)は、昭和五二年一月二二日に婚姻し、昭和五三年に長男次郎、同五四年に長女夏子、同五八年に二女秋子が生まれた。被告夫婦は、婚姻後、被告の両親と同居し、農業を手伝い、両親から受け取る生活費でやりくりしたが、昭和五九年ころ、被告が農作業中怪我をし、久子は、初めて貸金業者から二〇万円の借り入れをし、その返済のために新たな借り入れに頼ることとなった。平成七年に被告の実父が亡くなり、その後も農業を続けたが、平成九年に農業をやめ、夫婦ともども働きに出ることにした。本件契約締結当時、借入額は、夫婦あわせて約三〇〇万円程度となった。

2  被告は、本件契約締結当時、株式会社共栄舗道に勤務し、月収は手取りで約一二万円、ボーナスは一、二万円程度で、そのほか新聞配達のアルバイトから得る収入が月約五万円あった。一方春子には、パート収入が月七、八万円程度あった。被告の資産は、現在、夫婦が居住している建物とその敷地、農地等があったが、遺産分割はされておらず、被告の父名義のままであった。

3  本件契約締結当時、一家の生活費は、主に春子の手取収入から支出し、被告の手取収入は、借金の返済や、家族三人が利用する車のローンの返済に廻していた。また、次郎や夏子が生活費等に協力する状況にはなかった。春子は、平成一一年九月七日ころ、自己破産申立てをし、同年一一月二四日同時廃止決定がなされ、破産者となり、平成一二年四月七日免責決定を受けた。

4  被告らの最終学歴は、被告が中卒、春子が女子高校卒、次郎が中卒、夏子が農業高校卒であり、秋子は、現在、定時制高校に通学している。本件契約締結当時、秋子は、中学三年であったが、通学した中学校は、郡部に所在し、進学熱が高いということはなく、被告夫婦は、子供の進学については、本人任せであった。

5  本件教材は、高校受験用教材であり、平一〇年五月三一日午後八時ころ、初対面の販売員二人が被告宅を訪問販売し、春子が対応した。当時、被告は、仕事疲れで既に就寝していたので、被告を起こし相談することはしなかった。秋子は、話の中途に帰宅したので確認したところ、特に購入を希望しなかったが、春子は、買ってやりたい気持ちと夜遅く販売員も帰らないので、購入もやむを得ないという気持ちの中で、午後一一時前後に契約書に署名押印をした。春子は、購入したことを被告に話すと叱られると思い、被告には購入したことを告げず、被告が購入を知ったのは春子が破産申し立てた後であった。秋子は、本件教材を使用しなかった。

二  次に前記事実を前提に、本件教材の販売契約ないし本件契約が日常家事に関する法律行為に該当するか否か検討する。

民法七六一条が定める日常家事に関する法律行為の具体的範囲は、夫婦の社会的地位、職業、資産、収入、夫婦が生活する地域社会の慣習等の個別事情のほか、当該法律行為の種類、性質等の客観的事情をも考慮して定められるべきものである。

これを本件についてみるに、前記一に認定した本件契約締結当時の被告や春子の職業、収入、資産の事実及び被告夫婦が、本件契約締結時以前から、生活費が不足したため、貸金業者から借り入れをし、本件契約締結時、三〇〇万円程度の借金があったこと、その借金は、被告の収入で返済し、生活費は、春子の収入に頼らざるを得なかったことなど、当時の被告夫婦の生活水準からすると、本件契約に基づく総額七二万四八二八円の債務は、被告夫婦にとって、高額と言わざるを得ない。このことに加え、前記一で認定した被告らの居住地域の進学熱の程度、被告夫婦や子供らの学歴から推測して、子供の教育に関して、被告夫婦が特に熱心であったとは認められないこと、及び本件契約を締結するに至った事情が、春子が秋子のために購入した一面は認められるものの、販売員が午後一一時ころまで被告宅に滞留し、やむなく購入せざるを得なかったこと、その他前記一に認定した事実に照らすと、本件教材の購入は、被告夫婦の共同生活に通常必要とされる事務に該当するものと解するのは相当でなく、民法七六一条の日常家事に関する法律行為に該当しない。本件契約の基となった本件教材の販売契約に基づく代金債務が日常家事債務に当たらないのであるから、本件契約に基づく債務は、日常家事債務に該当しないというべきである。

本件契約が、子のために購入した学習用教材の立替払契約であり、月々の支払が一万二〇〇〇円であったことをもってしても、前記判断を左右しない。

三  以上のとおり、原告の請求は理由がないからこれを棄却することとし、訴訟費用の負担につき、民事訴訟法第六一条を適用して、主文のとおり判決する。

(裁判官・小中澤謙三)

自由と民主主義を守るため、ウクライナ軍に支援を!
©大判例